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大阪地方裁判所 昭和47年(レ)4号 判決 1975年9月26日

控訴人 角谷幸子

右訴訟代理人弁護士 里見弘

被控訴人 藤野春子

右訴訟代理人弁護士 森本正雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、申立

一、控訴人

1.原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。

2.被控訴人の請求を棄却する。

3.訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、被控訴人

主文と同旨。

第二、主張及び証拠

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。

控訴人は、

本件賃貸借契約書(甲第五号証)の無断模様替禁止の条項は不動文字であって、控訴人はかかる約定を承諾したことはなく、かつ、本件賃貸借はバー営業を目的とするところその営業上店舗の改造・模様替は必然的であるから右不動文字があっても本件契約の性質上その効力はない。と述べた。立証<省略>。

理由

一、被控訴人が昭和二六年三月二五日訴外松尾保から別紙物件目録(一)記載の建物(以下「本件建物」という。)を買受けて以後これに居住していること、被控訴人は当初債務があった関係から担保として一時本件建物の所有名義を訴外中村押枝にしていたが、その後その返還を受けて昭和三六年一二月二五日その旨の登記をしたことは当事者間に争いがない。

別紙物件目録(二)記載の店舗(別紙見取図(一)~(三)の赤線で囲んだ部分。以下「本件店舗」という。)は昭和三二・三年頃被控訴人が本件建物の西側に増築した二室のうちの南側の一室であることは、控訴人が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二、明渡猶予期間又は一時使用の賃貸借期間の満了の主張について

控訴人が昭和三六年六月被控訴人から本件店舗を賃借し、以来同所でバーを経営していること、右の賃料が昭和三九年六月一日から同四〇年五月末までの間は月三万円、同年六月一日以降は月三万五〇〇〇円であること、被控訴人主張の即決和解の申立に控訴人が応じなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。

<証拠>を綜合すると以下の事実が認められる。

(一)昭和三六年六月頃被控訴人・控訴人は、不動産取引業者である訴外坂上藤吉の仲介により、本件店舗につき、使用目的をバー営業、賃料を当初の二年間は月二万五〇〇〇円、三年目からは月三万円、保証金を一五〇万円、賃貸の期間を三年間とするも再契約を妨げず、当事者協議のうえ決定するとの約定のもとに賃貸借契約を締結した。

(二)右期間の満了が近づいた昭和三九年五月頃、被控訴人は、同人の長男重次が結婚すれば本件建物に於て同居させ、本件店舗で何か仕事をさせたいと考えていたので、坂上にその旨告げて控訴人に対し本件店舗を明渡して欲しいと申入れさせた。しかし、坂上を通じての被控訴人の右明渡の希望に対し控訴人は更に二年間賃貸を継続して欲しい旨申入れ、結局控訴人・被控訴人間で同年六月更に二年間本件店舗を賃貸することに合意が成立した。そこで坂上が賃貸借契約書二通(甲第三号証)を作成してまず被控訴人にその押印を求めたが、被控訴人の注文により同契約書の第一三条の不動文字の記載文言は「該契約二ヵ年契約にてその契約終了期日には必ず明渡す事を借主は確約す。」と訂正された。しかし、右の契約書を坂上から呈示された控訴人は、その内容特に右訂正箇所にも留意せず単なる更新の手続と考えてこれに押印したが、前記の交渉過程を通じて仲介人の坂上から被控訴人が本件店舗の明渡を求める前記の如き事情や本契約の期間満了の際には必ず明渡をなすべき旨の説明を受けていなかったので、二年後に本件店舗を明渡す義務を負うものとは考えていなかった。

(三)右の期間が近づいた昭和四一年五月頃被控訴人から本件店舗の明渡につき控訴人に念を押すよう依頼された坂上は、控訴人に対しその旨申入れたが同人が明渡を拒絶したので、当事者双方の間に立って折衝した末被控訴人に対し坂上が責任をもって控訴人のため他の店を探してやりかつ明渡を確実にするため和解調書を作成するので更に二年間本件店舗の賃貸をなすよう求めてその旨の承諾を得て、同人に契約書(甲第五号証及び乙第一号証)への押印を貰った。その際、同人の希望により右契約書の第一三条は「該契約二四ヵ月契約にて其契約期日には無条件明渡をなすことを乙(控訴人をさす。)は確約す。」と、第一七条は「本契約を履行を双方実行なす為め和解調書を早急に作成を実行する。」と各訂正され、かつ、末尾に特約条項として「此の契約期間は昭和四三年五月末日迄となす事を双方承諾する。但し明渡期間が万一乙(控訴人をさす。)が遅れた場合は保証金の一割五分引くものとする。(以下省略)」との記載がなされた。そこで坂上は控訴人に対し、二年後の明渡義務及び和解調書の作成のことについて説明のうえ、右契約書への押印を求めたところ、同人は前回と同様の単なる更新の手続のつもりでこれに押印しかつ和解調書の作成を承諾した。

ところが、控訴人は、裁判所で右の和解の内容を調査してその顧問税理士である細川章二に相談したことから、右の和解に応じることは二年後に必ず本件店舗を明渡すべきこととなるのを知り、坂上を通じて被控訴人に対し和解調書の作成を断わった。そこで坂上は控訴人に対し昭和四三年五月末日には必ず本件店舗を明渡すべき旨の誓約書(甲第八号証)への押印を求めたが、同人は単なる契約の更新以外には応じられないとしてこれを拒絶した。

以上の事実が認められ、前顕証人坂上藤吉、被控訴人本人、控訴人本人の各供述中認定に反する部分はいずれも採用せず、他に右認定に反する証拠はない。

以上の事実によれば、昭和三六年の第一回目の賃貸借契約をもって一時使用のための賃貸借であるとする被控訴人の主催はこれを認め難い。また、昭和三九年の第二回目の賃貸借契約についても、被控訴人において未だ本件店舗の賃貸借期間を特に限定すべき具体的かつ明確な事情が存したとはいい難く、かつ、その事情についても相手方の控訴人に対し明らかに通告されず、同人との間に一時使用のための賃貸借とする旨の合意がなされたとは認められないから、右契約をもって一時使用のための賃貸借であるとする被控訴人の主張は認められない。さらに、右の昭和三九年の契約のなされるに至った経緯及びその後の昭和四一年六月頃の当事者双方の折衝の状況を考慮すると、甲第三号証の第一三条の約定があるも、未だ右契約をもって、本件店舗につき従前の賃貸借を解消して控訴人に対し単にその明渡期限の猶予を与える旨の合意とは認められないから、この点に関する被控訴人の主張も採用できない。そうだとすると、右契約は、当事者双方が本件店舗の従前の賃貸借につきその賃貸借期間等を一部修正してこれを更新したものであると解するほかない。

さらに、昭和四一年六月の本件賃貸借をめぐっての当事者双方の交渉において、被控訴人は二年経過後には必ず控訴人をして本件店舗の明渡をなさしめること及びその履行を確実にせしめるため当事者間で右の明渡義務を内容とする即決和解を成立させることを条件とする二年間の明渡猶予の特約ないし賃貸借契約を締結する意思であったのに対し、控訴人は当時二年後に本件店舗の明渡をなす意思はなく、従ってその履行を法律上強制することとなる右の即決和解には応じる意思はなく、かつ、右の和解の意味内容が明らかになった時点でこれに応じることを拒絶したのであるから、当事者双方で既に賃貸借契約書(甲第五号証、乙第一号証)を作成した事実があっても、結局のところ、昭和四一年六月から二年間を限っての明渡猶予の特約ないし本件店舗の賃貸借は成立するに至らなかったとみるのが相当であり、かつ、被控訴人が前記二回目の賃貸借契約の期間満了に際して借家法二条一項所定の更新拒絶の通知をしなかったことは明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされ、従って、昭和四一年六月に本件店舗につき当事者間で第二回目の賃貸借契約と同一の条件で賃貸借契約をなしたものとみなされる。

以上によれば、明渡猶予期間又は一時使用のための賃貸借期間の満了により昭和四一年五月末日限り本件店舗の賃貸借が終了したことを理由とする被控訴人の本件店舗の明渡請求は失当である。

三、無断改造模様替に基づく契約解除の主張について

1.控訴人が昭和四一年九月一二日から三日間本件店舗の従来南の方にあった入口をその北側の被控訴人経営の麻雀店の入口に接近した箇所に造り替え、かつ電気照明器具、クーラー等を取付けるなど工事費用合計五九万二〇〇〇円をかけて本件店舗の改造、模様替をしたことは、当事者間に争いがなく、被控訴人が控訴人に対し昭和四二年二月一七日到達の準備書面をもって右の無断改造模様替を理由に本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をなしたことは、本件記録に照らし明らかである。

2.前掲<証拠>によれば、当事者間における前記の第一、第二回目の賃貸借契約において、控訴人が被控訴人の承諾なくして本件建物又は造作の模様替をなすことを禁じ、かつ、これに反したときは被控訴人は催告なくして契約を解除しうる旨の約定がなされたことが認められる。控訴人は右約定が契約書記載の不動文字をもってなされているところからその拘束力を争うけれども、通常賃貸人は自己の所有物である賃貸物の維持には重大な利害関係を有し、従って自己の承諾なくして賃貸物に対し改変を加えられることを禁じようとするのは当然かつ正当というべきであるから、契約書の不動文字をもって当該約定がなされたことのみで、その拘束力がないということはできないし、また、当該建物がバー営業に供せられる目的であることから、右の約定が当然無効であるとはいえない。

3.<証拠>によれば、

(一)本件店舗は以前被控訴人がお好み焼屋として使用していたものであって、昭和三六年六月これを控訴人に賃貸した当時の状況は別紙見取図(一)のとおりであり、本件店舗の北側及び東側の各部屋との境は板壁で仕切られており、西側の壁は北半分が土、その余の部分は板壁であった。そして、右の見取図の各位置に二ヵ所出入口があった。

控訴人は、被控訴人の承諾を得て右の賃借後直ちに本件店舗の改造模様替にかかり、別紙見取図(二)のとおり、南西隅の窓及びその下部の板壁を取り除いてここに扉を取付けて出入口となし、外壁部分をすべてレンガ造りの壁に塗りかえて先の二ヵ所の入口や窓も同様に塗りこめ、その他内装、カウンター取付等の工事をした。

その後昭和三九年九月頃、控訴人は便所の水洗化、クーラー取付、照明等の内装工事をしたが、この時は被控訴人の承諾を得なかった。

(二)昭和四一年九月、被控訴人は従来の南西隅の入口を角材の格子で閉ざし上部にクーラーを、その下に看板を取付け、北西隅の北側の部屋と接した部分の壁を抜いてここに入口を造ったほか、内壁クロースのはりかえ、カウンターの取替え、電気照明等の内装工事をなし、別紙見取図(三)のとおりとした。この時の工事については、控訴人は被控訴人に対し何ら承諾を求めなかった。

の事実が認められ、前掲控訴人本人尋問(原審第一回、第二回、当審)の結果中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、控訴人は、本件店舗の賃貸借はバー営業を目的としたものであるところから、時折の店舗の改装は右の営業目的からして不可欠であって、前記(二)の程度の改造は被控訴人主張の特約にいう造作、模様替に該当しないというけれども、店舗の単なる内装工事や軽微な外装の変更なら格別、外壁を抜いて店舗の出入口の位置を変更するが如きは店舗としての基本的な部分に変改を加えるものというべきであるから、右の控訴人の主張は到底採用し難い。

さらに、本件店舗の使用目的や従来の使用状況を考慮したとしても、本件店舗の改造につき被控訴人の承諾を求めるにつき控訴人から何らの働きかけをなした事実がないことや右改造が本件賃貸借の継続につき当事者間に紛争が生じていた時期になされたことを考え併せると、右改造をもって背信性がないという控訴人の主張は認め難いというほかない。

4.そうだとすると、控訴人の前記の改造は当事者間の特約に違反したものであるから、これを理由とする被控訴人の本件賃貸借契約の解除はその効力があり、よって右契約は昭和四二年二月一七日限り終了したというべきである。

四、控訴人が、被控訴人に対し昭和四一年六月一日以降の賃料として一ヵ月三万五〇〇〇円の割合により支払のため提供したが、同人がその受領を拒絶したので、爾来引続いてこれを弁済供託していることは、当事者間に争いがない。

五、以上によれば、その余の判断をするまでもなく、控訴人は被控訴人に対し本件店舗を明渡し、かつ賃貸借終了の翌日である昭和四二年二月一八日から右明渡ずみに至るまで一ヵ月三万五〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務があるというべきである。よって、被控訴人の本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余の部分はこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は正当であるから、民事訴訟法三八四条一項を適用して本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮本勝美 裁判官 露木靖郎 芝野義明)

<以下省略>

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